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仏教と私

今日は、ちょっと意外な切り口から。 私がお寺生まれということは多くの方が知るところです。 今日は、英語と仏教がからんだ、おすすめしたい本から! なお、決して仏教伝道のためのブログではないので念のため。

ワールドカップの試合のあと、ごみを片づける日本人の映像が世界に流れて、賞賛を受けましたね。 私たちにとって、公共の施設をきれいに保ちたい、と思うのは、ごく自然な気持ちですが、職業が細分化された西洋ではそうはいかない。 公共の掃除は、掃除する専門の人がいて、自分はそのために税金をはらっているんだから、自分が掃除するのはおかしい、と考える。 だから、今回の日本人の行動はきっと、新鮮にうつったのでしょうね。

日本ではかならず、学校教育の中で、掃除の時間がありますね。でもアメリカ人の友達に言わせると、「どうしてそんな不衛生なことを、子どもにやらせるのか。」と言われてしまいました。

確かに不衛生かもしれないけれど、なんか、そういわれても腑に落ちない。 しばらく考えて、「掃除」は日本人にとって単に掃除ではなく、その場を使わせてもらっていることへの「感謝の気持ち」を表しているのだ、ということに気づきました。

学校においても、単に「きれい」にすることを目的にしているのではなく、掃除は、精神的な鍛練の一種として行われているのだと気付いたのです。

今日ご紹介したい本「日本人に「宗教」は要らない」(ネルケ無方)は、そんな日本人の習性を「禅」という視点から、とてもわかりやすく説明してくれます。 日本人はつねに、日常生活(掃除や料理、そして自然との共生)を大切にしている。まさにそれは禅(仏教)の実践である、と。 宗教は、観念的なものではなく、日常を「よりよいものにするための行為」を行っていくものでなければ、意味がない、と教えてくれます。 

ドイツ出身の方です。

もうお分かりのように、「日本人には宗教はいらない」というのは逆説として使われているのですね。 日本人は「宗教」を考えないほど、日常で、禅の世界を実践しているのです。 それは宗教とは考えられないレベルにまで昇華されている。 だからこそ、サッカー競技場で、ごみを拾ってしまうわけです。

文化とも呼べる日本人のこの感覚は貴重な財産として、我々はずっと守っていかなければならない。 そう思うのです。

さて、もうひとつ、面白い冊子をご紹介。


「フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」

www.freemonk.net

こちらは、宗派を超えて、現在活躍する僧侶の取組みを紹介している冊子(無料)です。 「イケメン僧侶」などと、若い女性にも最近、僧侶は人気急上昇らしいのですが、「アラサー僧侶とゆるーく話す会」などの案内も載っていて、私も若き日に目を通していたら!と悔やまれます(笑) 宗教を正面からとらえた議論もあり、とても読み応えのある冊子です。 私はいつも数部入手していますから、ご興味あるかたはどうぞ~! 今度、この中に掲載されている英語で読む経典セミナーにも参加したいと思っています。 

最後に、仏教とは離れますが


「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル)

これは、NHKの「100分de名著」(ケイト先生のお気に入りのシリーズ)を読んで、心の中に嵐が起こり、すぐ、本を図書館で借りて、読みました。 

この本をご存じの方も多いと思います。この本は、ユダヤ人であるために、収容所に入れられた筆者(臨床心理学者、ヴィクトール・フランクル)が、人間の尊厳が貶められた極限状態の中で、人間を人間足らしめているのはなんであるか、超人的な精神力で考察していく過程を記したものです。

人は、「自分さがし」とか「自分にはもっといい仕事があるんじゃないか。」とか「もっと素敵な彼氏がいるはずでは?」「なりたい自分って?」など、あくなき欲求を求めて、いつも「不満足」な状態です。フランクルは、極限の状態で、「悟り」にたどりつきます。(フランクルさんはユダヤ教なので、この表現は正しくないとは思いますが、あえて私の理解で記します。)

人は生まれたときから、すでに求められている存在。「人生を問う」ことに意味はない、すでに人間は「人生から問われている。」
静かに自分の身の回りを見わたし、耳を傾け、あなたを必要としている人はそこにいて、あなたが今日なさねばならないこと(収容所では生きる、ということ!)がある。 それに真摯に応えていくことが人生。 

収容所の中で、フランクルは、「死」という選択肢しか残っていないように見える仲間に「あなたたちを待っている人はいないのか。やり残した仕事はないのか。」と問い続けます。未来がどんなに暗澹としていても、そのことは、希望(生き残りたいと願うこと)を持たない理由にはならない。人は人生から試されているのだ、ということなのです。

おーーっと。かなり熱くなってしまいました。哲学的なことが好きなケイト先生です(笑)

つまり、こういうこと。 私にとっても、やらなければならないことはそこにあり(ハッピーキッズ!あ、家事もか・・・)そしてそれに真摯に取り組んでいくことが人生。 ということで、これからも精進します。 どうぞよろしくお願いします(笑)! 

子どものスケジュール管理も、ね!

2014年 6月 23日 | Posted in 日記
AUTHER:ケイト先生 | タグ:
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